今日も山を登って来ました

山登りへの思いやレポートを写真で紹介するブログです

平行世界で山に登った


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単身赴任が決まり、東京の自宅を離れて富山に来て一年とちょっとが経過した。

これまで家事は妻に任せっきりだった私は、20年ぶりの一人暮らしは正直不安でしか無かった、が、意外にも家事や自炊はあまり苦痛ではなく難なくこなせた。むしろ新鮮で少し楽しかったり。

家の窓から北アルプスと海が見える生活

北アルプスなんて表銀座を数回登っただけで、正直未知の世界だ。私は富山に来てからその光景に魅せられて、毎週の様に北アルプスに出かけた。広大で厳しくも美しい。今まで登って来た山々とはスケールがまるで違う。これまでの山登りでは味わった事のない体験が待っていた。

 

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私はもっと北アルプスを見てみたい、そして知りたいと思った。しかし北アルプスはどのルートもハードで厳しく、登頂は容易ではない。そこで私は東京の生活でついた贅肉を落とす為に週に数回ランニングを始め、食事のカロリーも気にしてみたりした。今までの自分では考えられない新たな試みだった。それから私はその山の記録を残す為に妻には秘密でカメラとレンズを買った。

40代に差し掛かり、家族と離れる事の代償として再び訪れた自由。当初は山登りだけじゃなくて、色々な事をやろうと企んでいた。山登りだけではなく、旅行、グルメ、TVゲーム、マンガ、映画、音楽制作、後はいわゆる大人の楽しみ。でも蓋を開けてみると結局やってたのは、山登りとその写真の整理と温泉とサウナだけだった。

だいたい毎週土曜に山に出かけて写真を撮り、日曜に汗まみれの登山着を洗濯をして、道具の手入れをして、軽くランニングしてからサウナに行く。そしてその夜はずっと酒を飲んだ。平日は写真を整理して、ブログに写真をまとめた。毎晩酎ハイを飲み、ほろ酔いでヘッドフォンで好きな音楽を聴きながら山の写真を整理し、そしてソファで寝落ちする。二、三日おきにLINE電話で家族とビデオ通話をした。そしてブログが完成した頃にはまた週末が訪れて次の山へ。その繰り返し。このループはこの一年ずっと続いた。このループはとても心地よく、自分はこんなにも単調な生活を好む人間だったんだなと、気付く。

 

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30代はとにかく仕事の事しか考えてなかった。自分が担当するからには必ず成果と結果を出したい。だから仕事にはとても厳しいし、仲間や関係者にも厳しい。自分で言うのも変な話だけど、私は口は悪いが多分そんなに性格も悪くないし、悪い奴でもないし、神経質でもないし、おかしな人間ではない。ただ好きな事をする時は真剣なだけ。でも気付くとまわりには敵も増えていたり。あまり気持ちのいい事ではないが、そうやってこれまで会社で評価されて来た気がする。

そしてある日体に異常が見つかり通院生活が始まる。ヘビースモーカーだった私が禁煙に成功したのはある意味この病のおかげ。この原因不明の病は結局のところ精神疾患の類だったみたいで。

それから数年後のある日、新しい部長が私を呼び出した。そして「黒部の本社に行ってみれば?」と言って来た。私はどうリアクションしたら良いのか戸惑った。本社と言えば聞こえはいいが、私の所属する部署は東京が本体で、黒部は分室。あまり大きな声では言えないが、その分室は年配の方や前線を外された人の集まりだった。もしかして私も外される?って言うのが第一印象。そして北アルプスの近くに住めるの?って言うのが第二印象。

分室の人達はみな私より年上で、私がどんな人間かは良く知ってる。だから歓迎してなかったに違いない。年上の人達に対してあーだこーだ言うのは決して気持ちいい事ではなかった。

 

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私が富山に来た春は、ちょうど世の中にコロナウィルスの猛威が広がり始めた時だった。間もなくして東京のオフィスは全面在宅勤務になった。会社の対応の速さには正直驚いた。そして一年後、私が数十年通ったオフィスは解体されてフリーアドレスに。私がこれまで勤務していたあのオフィスはもう無い。私もしばらくの間富山で在宅勤務をしていたが、富山のコロナ騒動が落ち着くと出社する様になった。東京の仲間達とはいつもWEB会議でモニター越しに顔を合わせた。モニターの向こうに、いつものあの職場がある様な気がした。でも実はもう無い。この一年、彼らとリアルで誰とも会っても無いわけで。

仕事とは対極的に山登りは私にとって紛れもなくリアルでしかなかった。目の前に広がる光景も、体に感じる快感や苦悩、そして恐怖感、五感すべで感じる現実感。東京の職場なんて、これまで私が歩んで来た生活なんて、一体なんだったんだろう。実はただの夢?誰かが作った仮想世界?だったのではないのかとさえだんだん思えて来る。もしかしたら本当はコロナなんて起きてなくて、自分はある時を堺にコロナウィルスの蔓延する平行世界に来てしまったのかもしれない。

モニターの向こうの彼らにまた会う事はあるのか?実はもうあの世界は存在してないのではないのか。もしいつか私の役目が終わって、東京に帰る時が来たら、いったいどこに帰ればいんだう。

一ヶ月に一度東京の自宅に帰る。当たり前だが家には私の荷物はなく、私は来客用の和室に寝泊まりした。家族も私が知っている家族とは少し雰囲気が違っていた。妻も以前より全然私に優しいし、娘は見た目も性格も以前とはなんか違う。私がいた時に飼っていたウサギのシロは私が東京を去ってすぐに死んでしまい、今はいない。その代わりに違うウサギのライがいた。私の知っているあの東京の生活はもう無いのか。

 

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富山に来て一年、仕事と山登りしかしてなかった気がする。山登り中心の生活。それは私にとってとても幸せな事だ。

山や仕事以外では誰とも会わない。毎日仕事行って、洗濯して、風呂入って、食器を洗って、飯を作って、同じもんばっか食って、酒飲みながら写真の整理、そしてソファで寝落ち。このエンドレスループをそろそろ断ち切るべきでは。富山に来て、富山らしい事は何もしてないし、楽しもうともしてない。山登りに行く以外で家と職場がある魚津と黒部からほぼ出てないし。良く富山には美味しい物がたくさんあるからいいねと言われるが、ご当地の美味しい物なんてほとんど食べれてない。別にそれはいんだけど、その代わりにどんどん凄い山登りをしてレベルアップが出来てればいんだけど、どんなに頑張っても結局素人に毛が生えた様な、力と勢い任せの山行しか出来てない現実。そして私はある日思った。

ちょっとだけ疲れたな

恐らく無理そうだけど、山登りを減らしてもっと普通の事に専念してみようかなと、思い始めている。でも普通の事ってなんだ?今は良く分かってない。

この平行世界に住んでいる限り、今のところこのループは断ち切る自信はない。今起きてる毎日が、どんなに単調で、どんなに現実感が希薄だったとしても、単純にもっと沢山の山々を見てみたいと願うわけで。私はこれから一体どこに向かっていくんだろう。

富山生活のセカンドシーズンが始まる

 

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